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Music

つれづれコラム

クリエイティブディレクター・作曲家:杉沢 智昭

魂の叫び - ゴッホとブルース

先日、フィンセント・ファン・ゴッホの展覧会と映画「ゴッホ~最期の手紙~」を見た。ゴッホ展はゴッホが日本を“理想郷”として描いた作品が展示されており、映画「ゴッホ~最期の手紙~」は全編が動くゴッホの油絵タッチになっている素晴らしい作品だった。
そのせいか、急に絵を描きたくなった。そしてなぜか、昔見た写真が思い浮かんだ。それは、アメリカの閑散とした田舎町の酒場の前で、しんみりとギターを弾いている黒人の老人の写真だ。その時、老人を孤独な風情ながら、「しぶい!」と、とてもかっこよく魅力的に感じた。
周りには誰もいる様子がない。きっとブルースを歌っているのだろう。その写真から「魂の叫び」が聴こえた気がした。きっと自分のために弾いていたのだろう。何かを願いながら弾いていたのだろうか?それとも苦しさを叫んでいたのだろうか?「魂の叫び」、それは、悲しい、寂しい、苦しい、うれしい、楽しい、愛しい…。心から溢れ出る直接的な感情だ。余計な装飾は必要ない。そんなところが、ブルースの魅力でもある。
きっとゴッホの絵から感じた「魂の叫び」が、この写真を思い出させたのだろう。忘れていた何かを呼び起こされた気がし、その心に残っている風景を、記憶を辿りながら鉛筆で描いてみた。

ギターを弾く黒人の老人

20世紀最高のレコード芸術 - ビートルズの「Abbey Road」

メディアの価値

レコードの宿命、それはA面が終わったら、B面にひっくり返さなければならないということである。カセットテープやCD、iPadなどでアルバムを聴くと、当然A面とB面が繋がって演奏されるが、これを続けて聴けて便利だと捉えるかどうかで、そのメディアの価値が変わってくる。

ビートルズ アビイ・ロード A面

ビートルズ アビイ・ロード B面

レコードの物理的制約

レコードが発明されて以来、ポップスのLPレコードアルバムは短い曲の寄せ集めだった。物理的な制約があるので、片面に入れられる曲の数は限られている。1曲終わると、数秒の無音状態の後、次の曲が始まる。それの繰り返しである。そしてA面が終わったらB面にしなければならない。

レコードの宿命をメリットに

しかし、ビートルズのアルバム「Abbey Road」では、このレコードの宿命が逆にメリットにして活かされている。 A面は、曲が適度な間をもって続いた後、ラストの曲「I Want You (She's So Heavy)」ではエンディングのリフレーンが延々と繰り返される。こういう場合、普通ならフェイドアウトで緩やかに終わるであろう展開が、ハサミで切ったようにプツッと終わる。これは狙ってやったものだろう。リスナーは思わずハッとする。そしてA面で受けた印象を反芻しながらレコードをひっくり返し、期待を膨らませながらB面に針を落とす。この作業がレコードならではの作業で、ちょうど演劇の幕間としての大事な効果がある。

column_abbeyroadレコード

Abbey Road レコードジャケット 裏面クレジット

A面とB面との調和

B面では 「Here Comes the Sun」から始まり、メドレーを含め、狙った間合いで展開していく。しかしA面とB面で調和がとれた一つの独特の世界を醸し出している。コンセプトアルバムとして評価の高かった「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のクオリティを間を意識することによって、より昇華させたアルバムになっている。「Abbey Road」はレコードの特性を最大限に活かして作られており、一つ一つの曲の良さ、ジャケットのセンスの良さも相まって、最高のレコード芸術と言えるだろう。
しかし、CDではこの「間」がなく、残念なことだ。ジョン・レノンは「I Want You (She's So Heavy)」をフェイドアウトではなく、ハサミで切ったように敢えて突然終わらせた。その意味を考えたら、CDでも「I Want You (She's So Heavy)」と「Here Comes the Sun」の間も数十秒間空けるべきだっただろう。なぜなら、CDでもLPレコードのように、「The End」と「Her Majesty」の間を詰めないで20数秒間空けているからである。

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Abbey Road CD 裏面クレジット(リミックス版)

曲が突然終わる意味

LPレコードとCDのジャケットを見比べて、あらためて気づいたことだが、LPレコードには「Her Majesty」が印字されていない。「Her Majesty」は、「Abbey Road」の実質最後の曲になる。B面のメドレーの最後になる「The End」が感動的に終わったと思わせておいて、20秒後位にアコースティックギターのコードストロークが突然鳴り、ポール・マッカートニーの弾き語りが始まる。
この「間」は明らかに狙ったものだろう。ただ“おまけ”を入れたかったのか?それとも何かを表現したかったのか?そして23秒の曲がプツッと切れたように終わる。この尋常でない終わり方を聴くと、ただの“おまけ”ではなく、ビートルズは「Abbey Road」の「The End」できれいに終わっているが、「本当の終わり方はそんなものじゃない」という、ポールのメッセージのように思える。

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